快楽有限公司*掲示板
掲示板について考えた。
◆1999年12月13日。中傷を含んだある一つの書き込みがいろんなHPの掲示板に投稿され、波紋を呼びました。もう過ぎたことですし、特にいわれのない中傷を受けて傷ついた方の気持ちを考えて、全て匿名で表記します。
その書き込みをなされた方をAさんとしましょう。中傷を受けた方はBさんです。
Aさんは突然「警告」と題して、Bさんについて誹謗したのです。その理由や背景など、現在に到っても全くわからないままです。私を含めそれを読んだ多くの人は怒り、悲しみました。多分、Aさんの書いた内容を「ふんふん、そうか〜、Bさんというのはひどい人だなあ」と受け取る人はいなかったのではないでしょうか。
多くの掲示板ではAさんの書き込みを削除しました。それはどこのHPでも普通の行為です。最初にそれを明確に記してあるものも多いです。しかし、私の中では様々な思いが渦巻き、結果、削除という方法をとることはやめました。
まず1つには、削除することが何の解決にもならないと思ったから。そしてもう1つには、そのような書き込みをするAさんの気持ちが知りたいと思ったからです。
◆さて、このことが起きる数週間前、我が家ではある事が起きていました。それは、TAKEDAが自律神経失調症ではないかという心配が起こっていた事です。
TAKEDAは99年の春少し前ぐらいから目の不調を訴えてました。それはかつてから度々あったようなんですが、右目と左目で見たものが焦点を結ぶことが出来ず、物が2つに見えてしまうということでした。何かに集中したあとにその症状は出ていたそうですが、それは一晩寝たら治るものでもあったそうです。ところがある時期から十分な睡眠をとっても治らなく、常にその状態が続くようになりました。いろんな医者に行き、その症状が「複視」という名前であることだけはわかりました。しかし精密検査を受けてもその複視の原因となる脳腫瘍や糖尿病、無筋力症などの徴候はなく、原因不明のままでした。
複視が治るのには約半年かかりました。治りかけの頃、目の焦点は徐々にあってきたのですが、そのかわりに鈍い頭痛や頭部の痺れ、肩こりなどに悩まされていました。
そしてこれが治る頃、今度は風邪をひきました。いや、それは最初は風邪だったのでしょうが、それにしてはあまりにも長く咳と、咳による胸や背中の痛みを訴えていました。病院に行っても咳止めや喉の腫れを治す抗生物質をくれるだけで、一向によくなりません。
それで私は、これらの症状はすべてTAKEDAの持つストレスが発しているものではないかと思ったのです。
さて、11月の終わり頃、TAKEDAはなんだか非常に元気がなくなりました。それを過ぎて12月に入った頃に、今度は「感覚がなくなる」という症状が起こってきました。熱いお茶を飲んでも、それが「熱い」と感じることが出来なくなったのです。重いものを持っても、それを重いということがわからなくなったのです。だから疲労感もありません。不安も感じません。本人は至って元気だと言います。今なら何でも言えて、何でもやれそうだと言います。しかし「自分が自分ではないような感じ」とも言ってます。私はそのTAKEDAの状態が、まるでこれ以上のストレスを感じないために心と体がプロテクトしているとしか思えませんでした。先に書いた、「複視が治りかけの頃の頭痛や痺れ」、この事もそうですが、このように人はバランスをとっていくものだと知りました。ある状態から違う状態に移行する際に、人は内部でバランスをとろうとするが故に、何かギャップを生じさせてしまうのではないかと思ったんです。
TAKEDAはこれまで、「つらい」とか「嫌だ」とか、そういったことを滅多に口にしませんでした。「だってそんなことを誰かに話してもしょうがないじゃん」と昔、TAKEDAはよくそう言ってました。同僚や友達と飲んで愚痴を言い合うこともありません。話して他人を不愉快な気持ちに巻き込むことを恐れ、そしてそういうことをつきつめて考えるよりも、努めて考えまいとして心の隅に押し込んでしまうタイプなんだと思います。他人に頼らず(頼れず?)不平不満を表に出さず、全て自分の力でこなして結果をだそうとする、そんなタイプのようです。しかしそれがいつしか、本人も気付かぬまま「ストレス」となって堆積していき、今の症状として体に、心に表われたのではないかと私は想像しています。
きっとストレスを「ストレスがたまってるなあ」と感じるうちは大丈夫なのでしょう。しかし本当のストレスというのは、実は本人が気付かず、それをストレスと認知出来ないものなのかもしれません。そしてその「ストレス」は形を変えて本人に警告してきます。このままでは体も心も持たなくなってしまうよ、と。それが「自律神経失調症」という形で、その人にSOSを出しているのではないでしょうか。
◆さて、そのようなことを考えているさなか、Aさんの書き込みがありました。正直言って最初は動揺し、そして私も腹が立ちました。そして「何故?」という気持ちが強くなりました。Aさんは関係妄想の人だろうか。悪意の塊のような人だろうか。しかしそのうち、もしかしたらAさんという人は心の中に何らかの問題を抱えた人なのかも、と思ったんです。
「自律神経失調症」という項目をHPで検索しているうちに、鬱病の方が作っているHPに辿り着きました。その方は日記の中で、友人の掲示板が荒らしにあっていることについてこう書いてました。
「僕はその荒らしをする人の気持ちがわかるような気がする。何故なら僕も鬱がひどい時にはそれをやりかねない状態になってしまいそうだから」と。
そのような人を簡単に排除してしまっていいのでしょうか。
◆ふと、ある中学校とかの教室の風景を思い浮かべてみました。話題が豊富で面白い先生がいます。先生はいつものようにいろんな話をして楽しませながら授業を進めています。生徒たちは皆、笑っています。しかしそこにたった1人だけ、笑うことの出来ない女の子がいます。彼女は家庭での問題か、それとも授業についていけなくなったのか、理由はわからないけれど、みんなと一緒に笑うことが出来ません。
1人だけ笑えない女の子は大きな疎外感を抱えます。もしかしたら先生のことも、笑っているみんなのことも憎んでしまうかもしれません。
しかし、みんなが笑っているからという理由で、笑えない女の子を排除してしまうことが出来るでしょうか。
そう、よく掲示板で問題が起きた時、「ここはみんなで楽しむ場所なのに、どうしてわざわざ邪魔しようとするの?」という声をよく聞きます。「どうしてそうやって人を傷つけるの?」と。勿論私も少なからずそう思ってました。何故そうやって嫉妬するんだろう、自分も一緒に仲間に入ればいいのに、と。
しかしそれは、「みんなで笑っている」側の論理ではないかとふと思ったんです。もしかしたらAさんは、笑いたくても笑うことの出来ない、そんな精神状態なのかもしれないのに。
TAKEDAが心の中の物を溜め込んでしまったように、Aさんもそんなタイプなのかもしれない。そして、それが「他人への攻撃」と言う形になって表れてしまったのかもしれない。それがAさんの心を守るべき、自己表現なのかもしれない。Aさんはその時、その行為でしかバランスを取ることが出来なかったのかもしれない。そんな可能性をも想像してみたんです。
◆私は今一度、この「顔の見えないコミュニケートの場」であるインターネットというものを考えてみました。
一つの部屋にいながらにして世界と通信出来る物。いろんな場所でいろんな人がアクセスしています。会社で、学校で、家で、主婦が、仕事を持った人が、そういろんな人が。中には家に閉じこもったままの人がいるかもしれません。病気で外に一歩も出られない人、精神的な疾患などで、今は閉じこもることしか出来ない人だとか。または仕事をしていわゆる「社会的な生活」を送っている人でも、現実に他人と触れあうこと、心を通わせることが出来ない人だっています。
そういう人達も、ネットでなら言葉が紡げる、自分について表現することが出来る、そんな方たちだって多くいると思います。
そのようなたくさんの人の中には、ギリギリまで追い込まれて、誰かを誹謗・中傷してしまう人もいます。する側もされる側も見ている側も、とても気持ちはかき乱されます。だから出来ることならば、その一歩手前で気持ちを吐き出すことの出来る場、そんな場としてネットというものを利用して下さることを望んでいます。
しかし、もしもそれが制御出来なくて、誰かを攻撃せざるを得なかった場合には、それはそれで仕方のないことなんだと思います。そんな事があってもいいのではないかと思います。きっとまたいつか、違う形で出会える事はあると思うから。
そしてやはり出来ることならばそれについてすぐに反撃せずに、みんなでそれぞれ、その人の存在を受けとめていく場所でありたいとも思っています。
それが私の考える「自由」であり「掲示板」だと思ったのです。
ちなみにTAKEDAのことを例にあげて考えたので追記しておきます。
今まではずっと負の感情については特に押え込んでいたTAKEDAは、最近とみに自分の感情を言葉にします。会社にも退職の意思を伝えました。その事から少しずつ、なんとなく好転してきたような感じです。時間をかけて、ゆっくりゆっくりと私とTAKEDA2人で、いえ、このHPで出会った皆さんの力を少しずつ借りて、体も心もゆるやかに伸ばしていきたいと思っています。
皆さんに、そしてちゃんと警告を出してくれた体に、そしてそしてその事からいろんな事を考えるきっかけをくれた病気に、多謝!
(1999/12/17)
★これ以前に、1999/5/26、ある事をきっかけに掲示板上で、
みんなで「掲示板」というものについて、
「ネットでの自由」というものについて考えてみました。
その時のログは保存してあります。
下をクリックして下さい。
|